男友達

デスノートに名前を書くと人を殺せる」「ゴムゴムの実を食べるとゴム人間になる」にツッコミを入れているようなものです。

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 えーと。

>信用していいものか若干の疑問もなきにしもあらずなんだけれど、世間の人々はおれよかむしろ短気っつーか序盤や「日常描写」のだるさに対して厳しいカンジだが。あとヘタレ主人公に対する嫌悪感というか、なんだ、感情移入困難性について想像以上に不満を見かける。
http://d.hatena.ne.jp/rulia046/20080410

 察してられると思うけど「日常描写だるい」「主人公ヘタレ」はエロゲー感想・批評系のサイトの流れでは常套句・テンプレ化してるので簡単に使いやすいという。ぶっちゃけ特殊業界ジャーゴン

>おれ基準で「こんなもんかなー」ぐらいの許容範囲内に収まってるものに対しても、「日常描写だるい」「ヘタレ主人公にまったく感情移入不能」って感想が世には存外多い。

 なぜそういうテンプレが成立したかという流れを追うと、むしろ主体的な意思や行動を見せる主人公ほどヘタレと呼ばれるという逆説があったり。

 もともとエロゲの主人公はキモイ顔の「おやぢ」が主人公の「臭作」が異色扱いされる程度にはそこそこカッコいい・出来のいい連中が普通で。美形すぎると感情移入できないてな意見はあったけど基本能力や行動力はそこそこあって。ただ主体はなく。主体を発揮するのはプレイヤーの役割だったので分業が出来てた。それがノベルゲーム以降、プレイヤーは楽を知って主体を放棄した、というところまでは了解していただけると思う。

 で、物語の主体を男の主人公は構造レベルで請け負えないんだけども、誰もそれを納得しなかった。

>「ギャルゲーで、主人公が主体的に物語を駆動していないことに、違和を覚えるような見方」
>が最近では失効していることの方が面白い。
>つまり、いまどき、ギャルゲーの主人公が物語を牽引していない、という程度のことは、あまりに当り前で、意識にさえのぼらない。かもしれない。さらにいえば、ギャルゲーを駆動するのが徹頭徹尾「女の欲望」である、というのも、もはや当り前でしょう。
http://imaki.hp.infoseek.co.jp/r0210.shtml#12
http://imaki.hp.infoseek.co.jp/r0210.shtml#13

 今見るとなんと能天気な態度。つうか当時もあのあたりの一部地方でしかそれが当たり前だとは思っていなかったのですが。