一時期ついったの界隈で話題になってた本。
12世紀ルネサンスと呼ばれるイスラム圏からの知識の流入と受容のインパクトを主要なお題として、アリストテレスをキーワードに切り込んでいく、中世思想史の入門書。
哲学史、思想史、それも近代以前の宗教と深く絡み合ったテーマという面倒なお題なのに、とにかくわかりやすい。各時代の主役となる人物を中心にストーリーだてて整理し、人物伝の連続として読めるようになっている。中学高校の世界史に載ってて試験にも出るビッグネーム、アベラールやトマス・アクィナス、ウィリアム・オッカムなどがどういう人生を送り、何と向き合い、実際にどう凄いのかがわかるようになっていて、こんな読みやすい伝記本、中学校の夏休みの課題図書に指定しても全然いけるやろってレベル。それなのに通して読むと全体としての思想の流れまで、きちんと伝わる。超すごい。
この平易さは著者の本職が現代政治研究で、史学専門じゃないからと思う。おそらく史料研究の最先端についてはおいといて、それこそ初学者が教科書で習うレベルを意識的に順守したと思われる。実際、本筋に関係ない些末部分では訳注で最新研究ではちょっと違うという注がつけられてたり、訳注に注意喚起されてない部分も今どきだとこの言い方はしないだろうなーみたいな書き方だったり(異端カタリ派はアジアからの影響で出現となってるけど今だと異論あるので説的に中立をとるとそこらへん慎重な描き方する、とかそういうレベル)と、史料揃えて発表してここから議論する類の本だと慎重になるあたりの記述はあんま気にしてない。
専門じゃないのになぜ書いたかというと、現代政治に対する深く大きな危機感があって、政治学者として、現代の知識人として、教科書で書かれてる固有名詞にまつわる諸々はさらっと流され空疎な暗記で済む話じゃなく極めて現代的なテーマなんだよという話がしたくて、だけど歴史の先生がそのへん言わないから、しゃあない俺がやるわ、という機序だと思われる。なので中世思想史の人物伝が終わった後、おもいっきり現代の政治問題について語りだす(原著が書かれたのは2003年)。
そのへんの現代政治問題への著者の対応認識については、読者ごとに賛否あるだろう。が、実際、著者の危機意識のありかた、それを語るにあたって西欧中世思想史が問題のコアだと見抜いてみせたことは、結果、卓見だったのだなと思われる。
ナーロッパ談義大好きネット民ならば「中世暗黒時代とかいうけど全然そんなことないよ普通に学問も技術も発展してたよ」という説明は今どき耳タコだろう。「イスラムは文明進んでて12世紀に西欧はイスラムから知識を輸入して12世紀ルネサンスが起きたんだよ」も知ったかSNS煽りで死ぬほど繰り返されてきただろう。日本のネット民は歴史にクワシイのでそんなの朝飯前なのだ。
が。
「ネットで中世は暗黒じゃないんだーて言ってる連中、中身わかって言ってんのかな」と。
そう思えちゃうタイミングというのは、あるもので。
本書が取り上げる西欧キリスト教圏とイスラム文化圏との出会いの、全く同時代に起きた、もう一つの文化の出会いを描いて話題となっている「天幕のジャードゥーガル」という作品がある。
そのアニメ1話についたコメント。
キリスト教が反科学に向かっていた時代にイスラム教は医学や天文学(当時は占星術と渾然一体)を発展させた。
https://b.hatena.ne.jp/entry/4789698244944757858/comment/hatebunbun
大きく支持を集めているわけだけども。
このひとは俺よりずっと知識があって本も読んでるんだろう。で、そういう感じのコメントを書いたし、支持を集めた。
けどまあ、上の引用は事実ではない。イスラム文化圏が文明の中心となり洋の東西の交流を促進させ学問が発展した時代、西欧は単に田舎で、荒廃し、古代ローマが残した文明の残滓を維持できるだけの余力がなかった。建造物も文化も技術も、忘却されたのはカネもなければ人もいなかったためで、キリスト教会組織やキリスト教圏が「科学」(引用先のソレはたぶん自然科学のつもりで書いているのだろうけど、何も考えてないで使ってるかもしれない)に背を向けたわけではない。経済的繁栄を失い技術者の育成もままならない現代日本で日本維新の党や参政党が一定の政治決定権を握ってるような「反科学的な政治決定」は、あるいは当時あったのかもしれないが、現実としてキリスト教組織にはそんな政治力はまだなかったし、キリスト教として「反科学」を進めるような教義が採択され教皇様が推進したわけでもない。
では、なぜ引用先のコメント主は、ああ書いたのか。イスラム文化圏からキリスト教圏に知識が流入したことを知っているのだろう。にもかかわらず、「西欧中世は暗黒時代である」という昔々のドグマは頭から抜け切れていない。結果、「暗黒中世西洋キリスト教とイスラム世界の素晴らしい知識」という対比構図を思いついてしまった。もともとの筋で言えば「中世は暗黒じゃないよ」という解説にこそ12世紀ルネサンスは引用されるんだけども、全く正反対の接続をした。
日本のSNS文化圏では、しばしば「キリスト教下げ」が大変に好評で、よく支持を集め、目立ちたい人の持ちネタとして定期的に披露される。このコメントもその文脈にあることは容易に想像できる。たくさん知識を持ってて披露できる人でも、というか、日本の歴オタクラスタって全体傾向日本好きすぎるせいかアンチ西欧も好きで、なんかやたら歴史知識披露したくて他人の投稿に「史実はこう」とかやる人ほど、なぜかキリスト教叩きネタは修正せず放置しがちで、まあ日本スゴイの変奏なのだろうが、結果、歴史に対する、あるいは知性に対する態度としては、だいぶ怪しい、ご自身がまさに「反科学」なところになってしまったのだろう。
本書はまさに、こうした「科学」という概念をふわっとした使い方してしまったり、「中世は暗黒時代じゃない」と言いつつ思いきり中世暗黒時代ドグマにどっぷり浸かって気づかなかったり、どっかのアンデルセン神父や埋葬機関の見過ぎでローマカトリックをへんなほうに過大評価しがちだったりする現代ネット民に、とても優しく「それ違うよ」と教え諭してくれる。モンゴル帝国がイスラムの知識を吸収しようとしていた、という筋書きのジャードゥーガルの全く同時期に、モンゴルと同様に力を蓄え外への拡大を志向した「ヨーロッパ」があり、イスラムの知識を積極的に吸収することを選択した汎ヨーロッパ組織としての実力を備えるにいたった「キリスト教」がその時期にあったこと、その「キリスト教」がその後の地域国家権力との権力闘争に敗れ中世が終焉に向かうとき、はじめて「反科学」としての「キリスト教」が顔を見せること。「キリスト教」が「科学」を実体として包摂し推進もしていた中世という現代の学術の揺籃期(欧州の大学はだいたいこの時代に発祥をもつ)を否定するためにこそ、「暗黒の中世」の概念が用意されたこと。
著者が執筆当時の政治状況から今のトランプ時代を予見し、先回りして忠告を与える形となった本書の内容が、結果、現代日本ネット界隈の残念な何かに対する赤心の忠言となっているのは、当然といえば当然なのだが、他人事とせず感謝して拝聴したいと感じいった次第。