バットマン ゴッサムに到る運命

ヘルボーイのマイク・ミニョーラが手掛けた、1920年代を舞台にしたクトゥルフ神話物のバットマンという、単語だけで三倍満上がりなブツ。

実際に読むとシナリオもすごくしっかりしててアメコミにありがちな人気キャラにおんぶにだっこがない(むしろキャラがちゃんとストーリーに従属してる)役満モノ。

アメコミあんま読まないヒトが読んで問題なく面白いって言えるシナリオ、絵も現代なのでアクがそんな強くない、日本人の若い現代オタクなんて全員がクトゥルフ神話バットマンも履修済みと、これを読まなかったら何を読むんだレベルでとっつきやすい。

オタク全員買え。

 

books.shopro.co.jp

陰の実力者になりたくて!

うる星やつらのリメイクでフィクションの重さが昔より重いという話を見かけた。

が、現代の創作物の受容の例として「ぼっち・ざ・ろっく」を出すよりは、「陰の実力者になりたくて!」を引き合いに出すべきじゃないかなと思った。

このへんの、「なんかかっこいいアニメ映像を見せる」「美少女を出す」のためにファンタジー原作を探して引っ張ってくるシリーズについては、やってることとしてはジャンル映画の量産であり、現代の最も典型的な成功例であるマーベル映画(そろそろ無理が出てきてるけど)とそんな変わらないので普通に楽しんでるのだが、それでも「かげじつ」については「ここまで来たかあ」と感心する内容。

主人公なのだが、舞台となるファンタジー世界の設定や、他の登場人物たちの行動の流れを支える全体のストーリーに対して完全に距離を置いており、一切かかわらない。

関わらないというのは、心理や思考のレベルで知識を持たず、知ろうともせず、本当に一切の接点がない状態をずーっと維持し続けてる、というぐらいの関わらなさ。

完全に無関係なのだが、行動としては狂言回しのように関わってくる。が、その行動の動機は「フィクションのテンプレの美味しいとこを味わいたい」だけ。

これすごい。メタフィクション的な手法はいろいろあるにしても、主人公が徹頭徹尾「ジャンルのお約束を演じるため」つまり表現物の表現の表層の美味しいとこをやるという読者との共犯関係というか読者の欲望そのものの代弁者でい続けていて、さらに作中の他の登場人物や状況に無関心なため、読者の欲望から乖離することがない。自意識が生じる余地がないのだ。

のみならず、主人公が活躍するために、ファンタジー世界の側のほうが主人公の側に勝手にすり寄ってくる。主人公が思い付きで口にした出まかせの設定が、実は世界の真相を言い当てていたことになってしまう。本作を見て、フィクションに重さが生じてるとは口が裂けても言えないだろう。

本作は「ジャンルのテンプレを味わいためだけ」に純化された結果、ティーンエイジャーは特に疑いもなく本作の内容をカッコイイものとして受けとめられ、もっと上の年齢の、昔なら「うる星やつら」のひねくれた皮肉に反応しながら自意識を弄ぶことで年齢層のズレを誤魔化しながら受容し楽しんでいただろう層にもウケている。メタフィクションの技法で生じるたぐいの、うる星BDで典型的であったような、自意識というのが、ここでは絶対に生じない。極限まで酷薄。

ここまで削り込めるんだ、という驚きがある。ハードボイルド。

凄い。

今年の美味かったとこ

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謎のカレー屋。グーグルマップでカレー検索したら引っかかって行きたいと思ってたがついに行けた。

昼の一定時間しかやってないのかな? カツカレー千円がメインメニューだがトンカツというかコートレット的なカツについてのこだわりのうんちくが店内に貼ってあり、客はカレーで舌がバカになる前に、カレーソースをかけず軽く塩を振ったカツを先に味わうことが推奨されている。

店主が本当に趣味だけでやってんだろうなと推察されるので野暮なツッコミは一切不要。

そのへんの安いチェーン店も軒並み値上げしてる中、千円でこだわりカツカレー食えるのリーズナブルにもほどがあると思った。

片付きそうにない


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読んだら片っ端から箱に突っ込んでたものを出して再整理。

今年はヴィレッジブックス販売終了と言われたこともあり慌てて年末に「どれとどれ買ってなかったっけ」とバタバタと買い足すなどして大変なことに。マーベルはまだ小プロから出るかアシェットのマーベルコレクションに入ってくる可能性があるがDCやマーベルヒーロー以外はどうにもならんかもしれず、一方で日本国内のコミックスも紙で入手できる機会は激減していきそうで思いつくうちに買っとかないとならず。

電子書籍も購入してみてはいるのだが、電子書籍形式は今んとこ新書とかを手軽に読むあたりが向いていて、マンガはまだしっくりこない。

今年は本の原価も高騰ということで重版は望めそうにないものも増えそうだし、そうなると後追いで読んでるものも多い俺みたいなやつは入手困難なの増えそう。

ブラックアダム

溢れ出る「仕事なのでテキパキ片づけました」感。エモの欠片とてない流れ作業。子供だましのアメコミ原作の薄いテーマで感動なんかさせてやらねえぜ現実に繋がるテーマは他で感銘を受けときなと言わんばかりの約束されたペラさをペラさと見せつけるペラさ。

こういうのは割と好きで、というかやはり現代ヒーロー映画の積み重ねてきて今に至る時系列においてファンタジーと現実のバランスのとり方が今一つ噛み合ってないと思うことが多いので、現実へのフィードバックが皆無みたいな軽薄さがむしろ好ましく思えるということなんだと思う。

誉めてないふうだがそんなことはなく、基本的にシャザム世界との連動になるわけだからシャザムと目線を合わせる感じだと思うんだよね。そうすると低年齢層の視聴者を視野に入れた上でブラックアダムの描写をしなきゃいけないわけなので、けっこう大変なミッションだったはず。

ブラックアダム全然喋らないの好き。顔と肉体を置物で置いとくだけっていう割り切りの良さが最強の風格になってると思う。もっとアクションあってもいいって話もあったけど、DC最強の一角だし動いた時にはもう決着がついてるぐらいの見せ方になってるのはアリ。

個人的にはアマンダウォラーの便利さが好き。ニックフューリーと対比されることになると思うんだけどスーサイドスクワッドでの極道ぶりがあるのでウォラーなら何を言わせてもいいし何をやらせてもいいっていう。

で、このタイミングだとやはりブラックパンサーとブラックアダムの対比は避けられないと思う。王様VS奴隷。人種に目がいきがちになりそうなところ、搾取する側とされる側の対比を強調して逸らしてるのはそんな悪いことではないと個人的には思う。結局のところ権力や金がどこにあるかが最大の問題だし。といってもそのへんは前半だけで済ませて後半は違う話になるけども。

しかしシャザムと顔を合わせる前にスーパーマンといきなり対峙するエンドクレジット寸劇、あれって今後の展開にけっこうな影響を与えると思うんだけど、あんな思いつきのオチみたいな形で入れちゃっていいのだろうか。

 

ブラックパンサー ワカンダフォーエヴァー

いやこれヤベエすよ。

いろいろ事情ある(あった)とは思うんだけど、絵がやたら暗いままずーっと会話してたり、話が全く進まずキャラクターの内面掘り下げ的なノンビリしたシーンが続いたりと、正直途中で眠くて瞬間記憶とんだんだけど。

そんな印象を全部吹っ飛ばす。

ワカンダ! フォーエヴァー!

なんか誰かが暴走してるとしか思えないんすけど。

いや。

ワカンダ! フォーエヴァー!

ヤベエ。

いや。

今回は主人公の存在感がちょっと、いやだいぶ足りないというか存在感薄すぎるので、なんか色々弄ってこうなったのかもしれないんだけど。

ワカンダ! フォーエヴァー!

いやぁ…。