バカっぽい響きではある

>誰かを救うということは別の誰かを救わないということなんだ、とか悩む前に、救う対象として選んだ人々に責任がある、とは思わないのか
http://d.hatena.ne.jp/imaki/20090915#p3

 そろそろエロゲー論壇あらため今木学(ギャルゲー日記(仮)やclosed loopの文章解釈を議論する学問)が成立したり今木学派(今木さん本人より今木さん的であることを標榜しかねない今木さん右派)が拠り集ったりしそうな昨今であるというのに、常識的で当り前の話ほどスルーされるのだな、と思ったのでわざわざリンクしておく。

 さて、上記を受けるなら、ギャルゲマの道としては一つしかないのであって、要するに全ヒロインに責任をもつしかないので、前に「ほらこーゆーメタ小説とかメタリアルフィクションでどーこー」と渡されたツツイな小説で奥さんの名前が1行ごとに変わるよーなのがあったが、つまりはそのような1行ごとに名前も顔も体形も性格も記憶も変わり続けるただ一人のひとを愛する、というようなニュアンスが大雑把にいうと近いと思う。実際には一人であったり多人数であったりそもそも数えられなかったりするのも含めるだろうし、そもそも僕に二次元のヒロインを愛することは許されてないし、俺がギャルゲーをプレイしてしまったことが既に罪であるわけだが、まぁ、それは責められ続けるしかないことだし。

・キャラクターについて。

 ある種のエロゲの男性主人公をシステムの要請する非人格的であるような何かとみなすならヒロインにおいても同様のみなしを要請せざるをえない。天皇機関説ならぬ美少女天皇機関説、とでもいっとけばいいのか。ヒロインが他者なんぞじゃないのは判りきってることであり、では何かといえばワタシがヒトたりうる要件を満たすようなウツワだ。で、ワタシにはウツワにワタシを満たさないことが求められる。別にそのまま満たしたって構わないが。