変身

 変身前にとりあえず戦って、敵の眼前で変身して、変身後に再び戦う、みたいな書式は仮面ライダーより前はあったのかしら、という話を正月に弟としてみる。弟的にはアメコミヒーロー映画のコスに託する内面性みたいのが日本のヒーローにないのが不思議らしく、ジャパンヒーローの変身はアメリカンヒーローコスとはちょっと意味が違うよね、というのを説明するのに手間取ったり。(以前にガンダム以外にもSFロボットアニメという概念で語られる諸作品がジャパニメーションを席巻していた時代を説明するのにも苦労した。なんせどっちも自分自身はその現場に近寄らずに眺めてただけだし)

 普通に思いつく月光仮面鞍馬天狗は基本的には正体不明だし、逆に水戸黄門で正体を明かしてもなおも逆らうのは子供の頃は見たことない気がするが近年の発明なのか。戦前戦後の映画版水戸黄門(怪人やら怪獣やらがタイトルについてる奴)なんかはどうなってんのか、などと。 

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 どっちかつーと変身シーンそのものが「見得を切る」ほうのシーンを切り取る芝居側の文脈に拠ってると考えるべきか。そうすると段取りで戦闘するという書式との兼ね合いの話だな。

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「コミック」と「TVドラマ」の出自の差。パトレイバーの漫画の話になるのだが、マンガは上記の意味合いでの時間の流れを模倣的に取り入れてるだけで、時間経過に強制的に縛られる側面をあまり感じてないようで、そのへんが分かれ道な気が。