脊髄反射的に

http://d.hatena.ne.jp/K_NATSUBA/20080924#1222288617

 なんでリンク先でエバでラムネ炎をセレクトしたかというと、多分ロボットアニメだからだと思うんだけど、その経路で言うとするとね、Fateを文脈に持ち込みたがるのは、彼らにおいて僕と同じか、あるいは僕なんかより遥かにナチュラルに、ロボットアニメなるものが失権してるからだろう。

 Fateの頃に、セイバーがロボに見えるとかデモンベインと比較したくなるとかの話をしたけど、逆を言えば、ロボットに乗る、操縦する、ロボットと心を通わすといったガジェットを必須としない世代のための系譜の証拠立てをFateは提供した。Fateがロボじゃない理由は、エロゲー出自でありながら男の子の復権みたいのを周囲が期待し製作側もその気になっちゃったという捩れの合意点であって、別にロボへの反逆じゃない。ただ、ギャルゲー・エロゲーという文脈が、ロボットアニメ(SFアニメ)が牽引してきたはずのメインストリーム、少年が成長する話みたいな部分に、言い訳を用意して上がりこむための足がかりに、結果的になっちゃった。コードギアスもさ、深夜アニメ枠になってロボが話の中心じゃなくなったからギアスが中心の話題になったんだよね。ストライクウィッチーズにおいては何をかいわんや。装甲を纏わない象徴としてのパンツ丸出し、ロボという神の代わりの「英霊」。

 あとまぁ、アムロもシンジくんも何より「ロボットアニメの主人公らしくない」という意味でヘタレ扱いされてたのであって、「普通にストレスフルな環境で普通に嫌な思いをしている少年」という物言いを適用するなら、そういう環境にガキを投げ込むことを前提にしてゲージュツ気取ったり軍オタ・機械オタ・SFオタな趣向の欲望を満たしてきた文化の足元を問うことになります。「お前たち親は、俺とナナリーを捨てたんだよ!」というガキの逆ギレの射程は、多分あなた方が思ってるよりずっと深い。

 ちなみに、地に足の着いてない連中が世界を救ったり語ったりとかは、車田正美の路線でずーっとやってたことで、星矢のフォロワーとしてシュラトという異世界での神々の(実に私的でこじんまりした)戦いで世界の命運を決する話があって、あかほりさとるがアニメシーンでやたら出張ってくるのは、スタチャのシュラト・ラムネの合同イベントで何故か大きな顔をして出てきたあたりだと思うけど。