追記(5月23日)

なんか、某所で凄く真面目に反応されてるみたいなので一応追記。

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「消費する」を使用価値、「作る」を交換価値と言い換えて「物象化」て言い方を持ち込んでも同じ話ができると思います。属性に呼び名を付けてネットみたいなのの言葉の交換、流通に投げ込むてのは交換価値ですから。ちなみに転叫院さんとのメールのやりとりで、氏はオタクのそういう同人誌やなんやかやの萌えの投機的なあり方は、エロとかの消費しやすさに密着してるから、物象化つってそこまで深刻に考えなくてもいいんじゃないか、という言い方をしてました。この先は本格的な経済学の世界ですが。*1

2

萌え属性とか萌え記号とか呼ばれるものは、東浩紀がTINAMIに関連付けて紹介してるように、二次創作を製作するための製作ツールという考え方をしてもいいじゃないか、という話もここには含まれてます。もうちょっと偉そうな書き方すると、萌えの概念をメディアごとのストーリー工学として考え直すアプローチ、みたいな話。

3

ツンデレスクランの、特に週単位の完結形式から長尺のストーリー形式へと変遷していく過渡期の緊張感の中の沢近でブレイクした、てのは気にしといていいんじゃないかな、と。あのへんが終わった後の沢近はもはやギャグ担当か背景か、てのも含めて。
雑にまとめると、あの頃のツンデレの見出され方てのは、沢近の内面の継続性と週単位読みきりで感情や内面のリセットされる形式との相克として現れたわけです。システムの崩壊であるとかシステムを超えたストーリーへの欲望であるとかいった話の結実としてツンデレという言葉が発見されたと考えるなら、萌え史において沢近の前にツンデレなく沢近の後にツンデレなしぐらい言ってやっても構わないんじゃないかな。

4

みさき先輩て昔だったら「天然キャラ」で済んでたはずなんだけど。

5

今回の更新をまとめると、エロゲーが既に最先端のメディアではなくなっていること、Flashや落書きといった新しいメディアが台頭していること、といったメディアの変遷が、萌えという消費者市場において交換レートの不均衡を発生させ、その生産余剰がツンデレキャラクターの概念にまとわりついて固着することで旧来のメディア(小説的なストーリーテリング)に拘ろうとする旧来の価値観の消費者の没落を促進し、それに対する反動的言説が旧来の消費者の立場から発せられる、となります。このメディアの変遷への反動というのは動ポモのデータベース消費の発見へと続く道ですので、そのうち『とらドラ!』の2巻以降はデータベース的である、ていう批評が飛び出してくるんじゃないかと想像する次第です。