アキカジ(アキバ系カジュアル)

 本筋は了解していただいてるものとして。

>>今のノベルゲームてどうしても「演出」するほどプレイ時間が長くなってる
>
>往々にして順番が逆なんです(汗)。実際のスクリプト作業中には「長いシナリオに対して素材が不足しているので、間をもたせるために、アクション的な演出をつっこんでしのぐ」という局面がよくあります。
>
>シナリオ執筆時に、システム機能とそれによる表現が周知されておらず、さらに素材作成のためのすりあわせも滞ってて、どこまで絵や機能による演出にまかせて良いかが未知数なので、破綻防止のためにテキストが増加傾向にあるのではないかと推測してます。
http://ruriko.denpa.org/200809b.html#1501

 前回は外から解釈する立場で、推測される製作環境は無視して、あえて現状の制約を前向きに捉えて先に発展させる方向で書いたつもりです。こういう言い方(製作環境の劣悪さを言い訳にした現状維持じゃない形式)すればライターやディレクターの方向性や世論を少しは変えられないかという。製作裏事情ぶっちゃけちゃっていいのなら、

 まず。

 <a href="http://s.luna.tv/search.aspx?client=lunascape&s=0&gl=jp&hl=ja&q=%E3%82%AB%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0">カジュアルゲーム</a>という物言いが海外から輸入されてコンシューマー業界で流行してます。が、日本では昨今言われるカジュアルゲームの定義や効用に相当するゲーム製作の歴史がある。コアゲーマーではなくライトユーザー向け、短期間で製作され、短時間でプレイでき、萌える女の子のエロ絵で身心をシェイプアップという具体的な効用が先行。いわずと知れたギャルゲー、エロゲー(主にノベル系)、その周辺の同人ゲーです。

 この業界の10年を、カジュアル化という大義が成立する前に現実としてのカジュアル化が先行し、それに対するイデオロジカルな反発や試行錯誤が繰り返されてきた積み重ねとして捉えれば、その試行錯誤の歴史そのものが武器になりうる。過去にストーリー至上主義であるとかメタwがどうこうとか、そゆのは実作上の方針、イデオロギー、宣伝材料として採用され、それに引っ張られてここまで来たけど、もうその役割は全体から見てサブ位置ですよと言える環境が整ってきた。今の手持ち材料を積極的な武器として内容を再編成できるのじゃないか。

 続く。