「艦隊これくしょん ―艦これ―」秋イベント「決戦!鉄底海峡を抜けて!」


 秋イベントからもう1か月です。個人的には通常海域をあまり攻略してない(当時4−3で止まってた)こと、8月後半開始で夏イベントには殆ど触れていないこともあり、秋イベントで新規獲得した艦娘もそれなりの数でした(伊19、能代、伊8、武蔵のほか、伊58、長波、瑞鳳、初風、熊野、瑞鶴、矢矧で、計11隻分の図鑑が埋まった)。開始時の資源はそれぞれ22000前後、バケツは500あったのが200近くまで減りました。E4クリア11/9、E5クリア11/14で攻略終了に2週間。あとはダラダラとE3を周回しており、ラスト3日間だけE5周回。当初はLv70だった金剛*1は月末近くにはLv84になり、途中で攻略の軸になってくれた艦が3艦も改二にグレードアップし、月半ばにかなり苦労し3日がかりだったE5マップも最終日までには支援艦隊の効率的投入を覚えたこともあり、ほぼS勝利を上げられるようになりました*2

 ということで、私自身はそれなりの達成感も得られ、イベントをかなり楽しみました。以下は結果が厳しかった他提督の事情は勘案しない感想となることを先に断っておきます。

  • 艦これはどういうゲームか(「兵站管理」について)

 話が長くなりますが、まず最初から。大前提としてフルボイスで艦娘がしゃべるのを愛でつつ戦闘で贔屓娘の活躍を楽しむゲームなのですが、ゲームデザインの基本的な骨格を担当したと思われる田中氏から「心臓部的には「キャラクター×兵站」という組み合わせのゲーム」*3といった発言が繰り返されたため、「艦これは資源管理のゲームである」という説明されることが多い本作です。けども、そもそも「ゲームとは何か」という議論でよく引き合いに出される「コスティキャンのゲーム論」では「ゲームは資源管理を通じてデザインされるのだ」と説明される*4わけですし、レベルを上げて強くなって敵を倒していくCRPGのゲーム構造もまた、「資源管理」のロジックで説明され、作られます。つまり「艦これは兵站管理のゲーム」と云うだけでは、(そうしたゲーム論を有効とみる)多くの人にとって重複表現であり、あまり意味のある説明ではありません。
 ですが勿論、プロデューサーが意図した「兵站管理を表現する」は、実際ユーザーに強く実感されている通り、別に、間違った言い方をしているわけではない。兵站で四苦八苦する要素をやや強調してみせたデザインについて、説明がやや足りない(足りなくなりつつある)のです。
 前提となるのは、艦これの、ゲーム中の追加課金を前提としたブラウザゲームを基本形にしながら、通常プレイする上で課金をほとんど必要としないという「ゆるい作り」です。常識の部類に入りますが、例えばCRPGではお金などの「資源」を武器の購入や宿泊(MPやHPという資源への交換)にバランスよく配分することでゲーム攻略が進んでいくよう作られていますが、その「資源」は、基本的にはユーザーが「詰み」に陥らないよう、途中で投げ出さないよう、適度に過剰気味に手に入るようになっています。(MMORPGにおけるインフレ問題が有名です)
 一方、こうしたゲームを追加課金の形に調整した場合、HPやMP、レアアイテムなどの「資源」の一部がすぐ尽きるように作られ、しかし「宿屋に泊る」ような一方で余った資源を尽きた資源に交換、変換する手段が意図的に欠いているなどして(余った資源が勿体ないと思わせるなど引っ張る仕組みを残しつつ)、資源を追加課金で購入するよう誘導(勿論、それだけではユーザーを引っ張るには足りないので相互競争の要素導入、演出や勝利時の報酬を無課金のゲームより過剰に盛るなどの必要が生じます)します。課金ゲーをはなから拒絶する人たち(だいぶ減りましたが)は「まるで別物」のように考えたがりますが、上記のように、中途課金であれパッケージゲームであれゲームデザイン上は連続している。艦これの「兵站管理」は、資源の供給を両者の中間に配置し、「課金ゲームなのに、うまく(兵站管理して)プレイすれば課金しないで済む」というバランスで成立していて、「課金しなくても楽しめる」要素と「兵站管理を表現する」要素は結びついている。つまり、艦これは「課金ゲームの枠組み」を活用することで「兵站管理するゲーム」としてデザインされているというのが、おそらくは、より正しい説明となる。
 だから、ネットやメディアで「無課金でも楽しめる!」と大きく喧伝されるようになり、それを聞いて後から「中途課金が必要なゲームはやりたくないけど、無課金なら」と参加したような、それまで中途課金型のゲームをプレイしていない層においては、課金ゲームの前提を持ち合わせていないため「ただの時間をやたら食うだけの作業ゲーじゃないか(CRPGのようなストーリーもないし)」という印象を、より受けやすいのではないか。(余談として、PSP版をどう改造するかは判りませんが、現実の時間をリソース管理の基準にしてる現在のデザインそのままではユーザー負担が大きいだろうし、時間をかけなくてもすぐ攻略できるようでは「兵站管理」の実感はブラウザ版よりやや欠けてしまい「作業ゲー」の印象がより強く感じられるのではないか。たとえば時間に相当する要素をゲーム内<時間資源>に置き換えた場合、まるきり別のゲームになりそうではある)
 上記は「艦船が好き」「艦娘がかわいい」「軍事作戦ネタとしてマニアックで凝っている」といった要素は考慮してないので、片手落ちの話ではありますが、「艦これ」を考えるにあたっての準備として。

  • 「イベント」について

 ネトゲを実際に運営する上で重視されるのに「イベント」があります。数量限定レアアイテムなどをトロフィーに、期間限定で順位を競ったりする、これが重課金型のゲーム(1カ月に何万も、何十万も課金する人たちがいるような)では、イベントはむしろ常設化し、あるイベントが終わると翌日には次のイベント、というふうに途切れなく開催されまくります。課金させるにはイベント必須です。艦これもイベント時期に「米帝プレイ」と呼ばれる課金勢が普段より目立ちました。
 では、なぜ課金に「イベント」が重要となってくるかといえば、24時間365日えんえんと続くゲーム世界の中で「変化」が求められるからです。普段と違っている、という変化が(実際にはさまでの違いでなくても)欲しい。それによって「同じゲームシステム」であってもゲームバランスに変化が生じ「新しいゲーム」になる。
 実は、というほどのことでもないですが、ソーシャルゲームの「イベント」にあたるものは、従来のCRPGでは「シナリオ」「ストーリー」でした。シナリオが進行することでゲーム上でも変化が生じる。戦闘の舞台が草原から洞窟になれば、出てくる敵は変化し攻撃方法も変わる。それまで剣で斬ればよかったのが、魔法でなければ倒せなくなる。炎の魔法が有効だったのが、次は雷の魔法が有効になる。そうした「ゲーム上の変化」がシナリオと連動することで説得力を持つようになります。逆にいうと、シナリオ上で説明されない変化は理不尽とみなされる。ここでいう「シナリオ」は、背景空間の描写なども含みます(ゼビウスの逸話を思い出してください)。ステージ2で何の説明もなく唐突に物理攻撃を反射する敵が出てきて即全滅となったら、洋ゲーマニアやゲーセン縦シューマニアでもないかぎり理不尽と感じるプレイヤーが出てきます。つまり、敵の能力もまた細かい単位におけるゲームデザインの内であり、出てくる敵が変わることはゲームバランスのちょっとした変化であり、プレイヤーはその変化に説明がないことに対しゲーム上のアンフェアであると憤ります。ゲームの目先をちょこちょこと変えてプレイヤーを飽きさせないためには細かくゲームのバランスを変えてやる必要があり、その変化を唐突と感じさせないためにシナリオが求められる。*5
 一方、ソーシャルゲームではパッケージのRPGほどシナリオを有効活用はできません。シナリオ進行と連動させる形でゲームバランスの変更を重ねていったら、そのゲームはシナリオの終了にあわせてすぐ終わってしまうし、なにより、後からプレイを開始したプレイヤーと古参プレイヤーを個別管理せず一緒に扱うためには、中途参加組がついてこれないシナリオに寄り添いすぎる形では拙い。
 この話がなぜ重要なのかといいますと、「イベント開催」は普段のゲームとは違うゲームになっている、「ゲームルールの変更」もしくは「ゲームバランスの変更」を意味している、ということを納得してもらいたかったのです。普段は24時間年中無休であるはずが期間限定になるだけでもゲームルールとしては凄まじい変更です。野球でも、半年のシーズンで戦略を練って優勝を狙うのと、日本シリーズで先に4勝を挙げるのとでは考え方が違ってくるでしょうし、3イニングで勝敗を決めると言われたら、もはや全くの別物です。ソーシャルゲームは普段のゲームバランスは無課金を基本とし、イベントで課金が必要なゲームバランスに移行するという組み合わせで成立している。*6

  • ゲームバランスについて

 例えばネット上の攻略情報に頼らず「自力」で攻略した人と、私のように先行攻略組の情報に殆ど頼りきりで進めた人では、攻略の難度が桁違いすぎて比較にならず、この「ソーシャル」の部分をどう扱うのかが議論の分かれ目という気がします。
 この手の重難度ゲームは昔なら自力で攻略方法を編み出すのが推奨され賞賛されましたが、本作のように期間限定な上に短期間に試行錯誤の回数を重ねるにはリアルマネーを積み上げる必要も出てくるとあっては自力攻略達成は昔のソロゲームほど絶対的な価値とはなりえません。
 そのうえ、ネット情報シャットアウトして自力攻略では、ちょっとした組み合わせのズレ(連撃装備を重視してなかったとか、艦列がやや効率的でなかったとか)を見落とすことも十分にあり得るわけで、そうなると燃料弾薬が各10万あっても試行錯誤の過程で使い果たしかねない。自らのプライドをかけての「自力のみでの攻略」についていえば、ゲージ回復や、羅針盤や夜戦開始といった「運で左右される要素」が、異様な高負荷であったことは想像にかたくない。重要な攻略要素について先行攻略組に頼りきりのグループが「運ゲー」発言するのは噴飯ものですが。
 では一方、「ソーシャル」な、ネット上の攻略情報の共有は、本作においては「攻略の前提」である、と見なしてよいのか。
「ソーシャルな場」は、当り前ですがネット上の情報ですから正確さに欠けますし、親切でもありません。今回のイベントでいえば、細かい小ネタ的な攻略情報は山ほど提供されました(金剛型投入によるルート限定、三式弾の有効性、連撃装備、重雷装巡洋艦の有効性、等々)が、実力に応じた全体的な戦略方針を立てるにあたってのアドバイスなどは「ソーシャル」の情報で欠けていた気がします(そして、ブラウザゲームの性質上、個人が集められる情報だけで俯瞰的に語るのは難しい)。極端な話、「削り艦隊」「決戦艦隊」などのハイスキルな攻略方法が喧伝されてるのを見て、早合点した人が数時間かけて「削った」あと、決戦艦隊を投入したら実力不足で最後のとどめをさせません、なんてこともありそうだなと思いました。もちろん自艦隊が相応の実力を持ってるかなど最初に用意できる最強戦力を投入して数回威力偵察し判断すれば判ることで、たかがゲーム攻略なんざ全て自己責任だと思うのですが、もし「ネットというソーシャル」をゲームサービスの一要素として認めるとなると「ネット情報を適切に取得できる環境なのか」もまたゲームデザインのうち、となりかねない。
 もちろん上記の二例は両極端な想定であり、実際はその中間でメディアを適度に活用して楽しんでる人が圧倒的多数でしょうし、ゲームバランスの調整もそうした圧倒的多数を想定して行わなければならないのですが、本作の場合、チュートリアルやUIの不備がしばしば指摘され、それらを有志が「ソーシャル」上で補う形で「艦これというゲームの遊び方」が成立しているなどの現状もあり、どこまでがゲームデザイン(提供されるゲームサービス)で、どこからがユーザーの自己責任かという区切りかたに、議論の余地を残してしまっていると言えます。*7
 パッケージゲームなら買ったあとでどう遊ぶかは(たとえばデータ改造や、クソゲーと叫んで壁に投げつけるのも含め)ユーザーの自由、という線引きがまがりなりにも成立しますが、後から追加課金するようなブラウザゲームは通常であっても線引きが難しく、まして「上手くプレイすれば課金しないでも遊べるゲームバランス」という、パッケージゲームとブラウザゲームの中間の領域を開拓した本作では他のソーシャルゲームと同じ基準を適用することも難しい。その意味では、チュートリアルやUI、ゲーム攻略のための情報などは、ソーシャルメディアでの有志協力に頼らずともゲーム内で完結する(たとえばゲームチュートリアルやヘルプを公式がしっかり準備するなど)ほうが、あとあとのトラブルを回避する上でも重要なのではないでしょうか。

  • ソーシャルについて

 今回のイベントで「運営批判」が目につくようになって気になったのは、「運営」と呼ばれ議論されるとき、それは「ゲームデザイナー」と「ゲームマスター」の、どちらに位置づけされているのだろうか、という疑問でした。
ゲームデザイナーは勿論ゲームのグランドデザインについて責任を持つ存在です。ゲームルールそのものを決定し、遊び方を規定します。ゲームデザイナーへの不満であれば、すなわち「艦これは運ゲー」のようなゲームデザインへの不満となるでしょう。
 しかし今回のイベントについていえば、批判の出かたが「テーブルトークRPGゲームマスターのマスタリングに対する不満」のように見えました。RPGゲームマスターは、ルールを作るのではなく、ルール内でシナリオや戦闘をコントロールする立場でもって、プレイヤーに近いところで協力することを求められる役です。
 気になったのはの「おまえ もしかしてまだ 運営がE4を修正してくれると思ってるんじゃないかね?」*8という投げかけの言葉でした。ユーザーが声をあげるのに対し運営がリアクションを起こすことを期待していて、いってみれば運営から譲歩を引き出すための不満の表明だろう、という指摘を暗に含んでいる。そこにあるのは「運営」と「ユーザー」のソーシャルメディアを通しての駆け引きであって、クリエイターと評論家の間における作品の価値を巡っての対決ではない。ややこしい話ですが、一人のユーザーがゲームデザイン上の問題のつもりで批評し「艦これは運ゲー」と述べる一方、別のユーザーがマスタリングの出来不出来の意味合いで「艦これは運ゲー」という発言を引っ張ってきてマスタリングの修正を要求する、そんな構図も想像できる。
 ソーシャルゲーム運営のマニュアルにTRPGのゲームマスターの概念が導入されてるかどうかは知りません。ただ、特に艦これはプロデューサーが「ソーシャル」について言及しているから気になるのですが、おそらくソーシャルという単語を使うとき、「ユーザー間のソーシャル要素」だけが念頭にあって、「運営とユーザーの間のソーシャル要素」は気にされてないんじゃないか。実際には、Twitter上の公式アカウントでの「大本営発表」がユーザー間のコミュニケーション促進にあたって重要な役割を果たしてることは間違いない。「艦娘の新規投入」や「イベント情報」などの情報発信で盛り上がること自体がソーシャルな楽しみの大きな部分を形成し、そこから派生して新たなユーザー間コミュニケーションが広がる。そうした流れについて、逆に言うなら運営公式アカウントもまた「艦これというソーシャルなゲーム」のプレイヤーの一員、という位置づけとなる。そうした立ち位置はゲームマスターと呼ぶのが最も適切だと思うのですね。好むと好まざるとにかかわらず、「運営」は「ソーシャルに決定されたゲームデザイン・ゲームバランス」の中でユーザーと対等であることを求められている、と言える。
 以上の想定で眺めると、作り手側と不満表明のユーザー側との行き違いがあるように見えます。「クソゲー」「運ゲー」はゲームデザインに対する批判の言葉です。けども、それに対し例えば「秋イベントのドロップ率はこういうコンセプトに基づいてデザインされている」という解説がクリエイターの観点からなされたとしても、その解説は「マスタリングへの不満」に答えたことにならない。
 今回の不満の露出は「ライトユーザーが不満を抱いている」だけではないのですが、デザイナー側は「こういうへヴィなゲームですからライトユーザーに不満が出るのでしょう」という理解にとどまりかねないし、ユーザー側からは納得いく整理がないまま運ゲーというテンプレートな批判だけが流通することになる。ここでやはりソーシャルなブラウザゲームとパッケージされたソロゲームの中間の作りという本作の位置づけが、秋イベントを巡る様々な意見表明の背景となっている気がします。

  • ゲーム論の題材として

 ゲームデザイナーとゲームマスターという分け方をしましたが、実のところ、ゲームは「作品/アート」か「ツール/メディア」かという昔からある議論について、言い方を変えたに過ぎません。
 もちろん、ゲームは常にそのどちらでもありうる、というのが正しいですし、どこからが作品でどこからがツールかという線引きは不可能だと思っています。艦これ単体について言えば、運営側は「ゲームデザイナー」としての線引きをきちんと整理して、「ソーシャル」に寄り掛かりすぎない環境整備を行ったほうがいいと思いますし、ユーザー側は「ゲームマスターへの調停要請」のつもりでゲームデザイン改変の域まで踏み込むような過度な要求にならないよう自制をすべきなんでしょう。ですが、どれだけ努力しようとも両者とも納得に至るわけではないという当り前の話は確認しておかないといけないかな、と。
 艦これは、その独特の位置づけゆえに、デジタルゲームについて語る上で貴重な題材を数多く提供してくれてます。願わくば、この先も出来る限り長い間、あまり駆け足にならない程度の運転速度で楽しませてくれると有難いなと。(英雄戦姫の新作が出たらそっちのプレイにかかりきりになると思うけど)

*1:11月2日時点

*2:

*3:http://weekly.ascii.jp/elem/000/000/166/166500/

*4:http://www.n2gdl.net/topics/topic004/explain10.htm

*5:ちなみに、ゲームデザインの準備のためにシナリオが用意されるという順序は重要で、シナリオ展開のためにゲームデザインが用意される逆の形は絶対にやってはいけない禁則事項です。RPGのラスボスバトルでストーリーの感動を盛り上げるのではなく、ラスボスバトルで勝利する喜びをストーリーで増幅するということです。いわゆるシリアスゲームとよばれる教育ゲームなどと理屈は同じで、ゲームを楽しむための準備として教育要素を持ち込むことは可能ですが、教育などの目的を「ゲームをプレイするごほうび」の形で後ろにくっつけると失敗します。

*6:念のため、艦これのイベントが課金必須だ、とは言ってません。そもそもランキング上位0.01%にも満たない人にしか最高報酬が与えられない重課金ゲーと、他人と札束で殴り合わずともそれなりの率で武蔵が手に入るかもしれない艦これでは比較が成り立たない

*7:"艦これ運営さんには攻略に関わる情報を(ゲーム内で把握できる形で)もう少しオープンにして頂けたらなーと思わずにはいられません。"http://loderun.blog.so-net.ne.jp/2013-12-08

*8:「戸愚呂提督に学ぶイベント攻略」http://akankore.doorblog.jp/archives/33814338.html