自慰のはなしつづき

 状況に応じた自慰の提案は不可能ではないと思う。睡眠薬としての自慰、心を落ち着かせたいときの自慰、夢見に働きかける自慰、一日を手際よく始めるための朝自慰、中間期末試験の前に禊としての自慰、試験終了を祝う自慰、結婚と性生活の開始を前提にしたハードすぎない自慰、人生の何もかもを忘れたい気分のときの自慰、考えていけば商品化できる自慰のパターンはいくらでも出てくるだろう。

 例えば、日に4回自慰する場合、前菜としての自慰、本番としての自慰、サイドメニュー的な意味合いの自慰、デザート自慰のような形を提案し、それぞれに適したエロシーンを適切なタイミングで提供するようなエロゲーシナリオはできないだろうか。あまり形式に縛られすぎると性欲に富んだブルジョワにのみ許される特権者の快楽としての側面が見えてしまう危険は確かにあるが、現状の賢者タイムといった言葉の流通もまた性生活を一律の規範的な態度に縛り付ける危険性を考慮するなら、カウンターとしてのフルコース自慰を提示するのは無駄ではあるまい。