@oyomot: 「劇場版がルパンは麻薬のようだ」とゆーのは、あながち間違ってないんじゃないかなとか。悪い意味で
@oyomot: ガルパンは全てにおいて、そういうアクロバティックなテクニックでごまかしまくってるがゆえに生じたズレばかりなんだけど、そのせいで普通に短くツイート感想を述べるようなことができずにいる。何度も見に行くのも実は視聴体験を消化できないゆえの消化不良も少しあるんじゃないかと疑ってる
@oyomot: 継続高校に話を戻すと、逆に継続のキャラの台詞を強調するために、収録した主要キャラの台詞もどんどん落としてったんだと思う。そこでおかしなことに「凄い迫力でかぶりつきの体験」だったはずの映画体験としての戦車戦闘が、後から思い出すと、なぜか継続キャラという語り部のクッションを置く形に
@oyomot: 「ガルパンは面白かった」と素直に言えない(どう面白かった?と聞かれても答えられない)から相手を巻き込んで同調させないとならなくなる。物語という「伝わらない相手に伝えるための基本の骨組み」を軽視した思考のツケでああなる。
@oyomot: あと「脚本ナンカいらない。ガルパンはいいぞ」と言っている人がいちばん判ってない。物語が見えないから観客も語りようがなく戸惑った果てに「他人に薦める言い方」で自分の価値判断をしてるようでいて実は相手に判断を投げる物言いが出てくる。自分たち自身が物語不在の影響をいちばん蒙ってる
@oyomot: ついでに「戦車戦をやりたいから脚本なんざ不要」も違う。戦車を主役に据えるためのアクロバットな小手先芸のために人間(西住みほ)を主人公に据えるストーリーを前面に押し出すことができなかった。だからみほは性格も何もかもブラックボックスにするしかなかった
@oyomot: ああいや。継続高校のキャラは「神話の語り部」だから。いないと全体の印象が散漫になるのを印象的な台詞でなんとなくまとまった感じにする役(だから前半は部外者としての立場を強調) / “ガルパンで脚本に文句いってるのは娯楽の楽しみ方を…” URL
@oyomot: 続き)そういう気持ち良さまで自分たちの言い分の「正しさ」を主張するために除外して潰してくのか、っていう。作品評価自体も自分たちの言い分のために「水島監督はそこまでのひとじゃないし」とかクリエイター貶めはじめるし。たかだか「がるぱんはいいぞ」の同町圧力のために何を犠牲にしてるのか
@oyomot: お上から「町おこし」で借りてきたお仕着せの最新戦車を持ってくるばっかりだったら「地元が一緒になって盛り上がる」じゃないし。地元の板金屋さんが自作で4号作って地元のおじちゃんおばちゃんが一緒になって凄い凄いって盛り上がってくれてるのが「戦車の町大洗」の良さなのに、(続く