引用

絵画や彫刻では、「様式」のもつしきたりが、建築に比べてずっと目立たない役割をもっているので、伝統の断絶というものも、それほど大きな影響となって表れないように思えるかもしれない。しかし、事実はそうではない。(中略)19世紀になって芸術家たちが失ったのは、まさにこの安心感であった。(中略)選択の幅が広くなればなるほど、画家たちの趣味と彼らの絵を求める大衆の趣味とは、ますます一致しにくくなって行った。もともと絵を買うような人たちは、心の中におよそこんなものをという考えをもっている。この人たちは、以前にどこかで見かけたことがあるような絵が欲しいのである。昔なら、同じ時代の絵は、芸術的な価値の高い低いはそれぞれあるにせよ、いろいろな点でどれもみな互いに似ていたから、こんな絵が欲しいという要求は、画家たちの手で簡単に満たされた。今や、この伝統的な和合は失われ、画家とパトロンとの間は辛うじてつながっている状態であった。
E.H.ゴンブリッチ著・友部直訳『美術の歩み[下]』P183−184(1967・美術出版社1983改定初版)