なんかいろんなものを抑圧中

 ここんとこでブリザーブドフラワーが落ち着き中。量的には拡大傾向は続いているが、アレンジ完成品のキット売りが主流になったんで細かい部材はカルチャーセンターの稽古事レベルで推移してく見込み。

 1年ぐらい前までは、これからは韓国や中国の安い花や資材を向こうの大手業者持ち込んで花関連市場を席巻して国内の零細業者は消えてくのかなと思ってたのだが、花関連市場がそれなりに魅力的な規模に成長する前に日本市場全体が世界から見捨てられつつあるので、逆に零細業者が零細業者なりにリヤカー担いで細々と隙間を縫ってく道が暫くの間は確保されてしまったことだなぁというのがここんとこの雑感。グローバリゼーションには乗れそうに無いが、それ言うと日本人の大半がダメなんで。

 プリザーブドフラワーに話を戻すと、また新しく造花・ドライフラワー関連の検定試験が出来た。まぁ日本の文化と呼ばれるものは何でも流派が分立して家元が山ほどあって規格統一はぜってーありえねーのが日常光景なんでいつものことだが。

 欧風のフラワーデザインの系統のアレンジは好きになれないんですけどね。いつもの俺と逆のことを言うけど、どうにも平面的でのっぺりしてて。前もぶつくさ言ったが、こと花に関しては西洋流儀は平面的で日本の活け花は立体的。ガーデニング・造園も基本的には同じ。花壇を同じ花で埋め尽くしたり生垣を刈り込んで迷路を作ったりするのと、借景やら枯山水やらで奥行きを重視すんのと。つまり、絵じゃないとなると三次元はどーでもいい。要するにホンネ的には立体なんかどうでもいいわけよ向こう。三次元空間のなかに三次元空間を演出するてのは次元のズレを演出することなのだが、それをやんないからアウラとか言わなくちゃいけない。もうちっと言うと、ずれる、ということを理解したくない。だからクリエイトとか言うわけさ。やだね。いやダニエルオストがいつでも満員御礼なのが好きになれねえってのがあって。洋の東西の融合とかゆってるんだけど、嫌な意味での伝統芸能な活け花の伝統活け花っぽさ、コードに忠実つーか窮屈つーか花嫁修業お稽古事の部分を取り入れてる風味で、そら日本人には受けるさ。んで、流派が分裂してんのは構わないと思うんだが、その分裂状況ゆえに黒船待望で海の向こうの統一規格を錦の御旗に求めて右往左往してんのが、やっぱ、なんつーか、うぜえ。ああいっちゃった。