まあ、見たまんまシスターで王子様の花嫁で永遠で学園で、ついでに言えばセラムン系譜で、あとまあ無理やりにこじつければ、ウテナで一番エバンゲリヨンっぽく見えるシーンは薔薇の花嫁の串刺し姿だったりしたのだが。毎度毎度、世界て言葉を連呼してんのは言わずもがなとして。
そのあたりの話は
http://imaki.hp.infoseek.co.jp/200303.shtml#2
で。
あと、ウテナについては検索すると当事者インタビューも含めて気合の入った考察がネット上に山ほどあります。エヴァと違ってマイナーで謎本ブームに至らなかったこともあり、ネットでの露出が多い気がする。
さておき。
七実がナナミなのだ、ということに気づいた。
妹と母は異なる。対置されるというよりは重ならない象限にいる。妹は花嫁になれないというのは、妹は母になれないというのが実は正しい。だから母になることを切り捨てれば妹はお姫様になれる。上のリンクに従えば、王子様の妹なんだから最初からお姫様なのだ、という言い方になるんだろうけど。ちなみに、シスプリの白雪は自分のことを「姫」と呼ぶ。「白雪姫」なのだろうけども。
七実は「世界」とやらの外側にいる。つか、あからさまにアンシーやウテナの対比キャラなんで、影絵芝居が物語本筋の対比なら、七実はキャラクターとしてギャグ回を仕切り、ついでに言えば、最後の決闘は冬芽との血縁関係を否定されることと連結している。シスプリ以降であれば、血縁と非血縁を行き来するキャラクター、シスタープリンセスの設定そのものとして描かれただろう。それは当然ながら近親相姦と対決し対置される位置付け。
『水月』のナナミは原則として妹ではない全てだが、始原に七波(ななみと読む)という男性(男性主人公の前世のようにほのめかされる)の対がいることも考慮にいれておこう。つまりナナミは男性でもある。七実の制服もウテナのそれと同じくオリジナルであり、スカート姿じゃないことは言わずもがな。「卵を生んで」母性に目覚めもしてたね。記紀神話の頃の婚姻相手は(血縁を問わず)妹だったとまで行けば、もう少しグローバルに母と妹の話になるんだけども。
ちなみに、僕がウテナ第1話を見たときの感想は「さいとうちほの絵の魅力が全く生かされていない! ダメだダメだ全くダメだ!」だった。僕は元来が筋金入りの原作主義者である。