「キャラクターの構造」を買いに行く。12時頃に最後から3冊ぐらいのとこで入手。ついでに1時間ぐらい絡む。グダグダになって間が持たなくなったあげく知人用に仕入れた「永遠の現在」をあげちゃいました。すまん。今から考えると恥の上塗りだが喋ってる最中は考えてなんぞいらんないのである。
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内容。前半の「キャラクターの出現」は必読かと。後半のジェンダー、やおいの概括は概ね常識的で、後記のこれぐらい知っとけの叫びは切実。
話してて思ったTV的なものについて。SFはケータイを予言できなかったというが、ケータイがTV画面的なものに近づくことで結果的に空間のいたるところにブラウン管モニターが並んでる一昔前の「現代アート」や、そこからインスパイアされた「ディストピア」に回収されつつあるような、と。なんつーか人間の「想像力」がケータイという「現実」を包み込もうとしてる過程を見ているのじゃないかしら。それを「やっぱりSF的想像力は素晴らしく未来ビジョンは価値があるのだ」なんて無邪気に言うバカはいないと信じたいものだが、言いそうだなぁ。