@oyomot: 悠木碧の狂人キャラの演技があんまし中身が見えないで表層だけに終わってるように見える、てのも全体の構成のなかであのキャラの位置づけが見えないとゆーとこもあるかなあ(どういうキャラなのかの説明も足りてなかったし、その説明を埋めてくれるだけの演技とも思えなかった)
@oyomot: その冷徹かつ現実的な価値観が肯定されたうえで、敗北者が存在してもいい、とゆーところに敗北者としての自分を重ね合わせました、とかなんとか
@oyomot: ボコを解釈しろとゆーたらなんだ。「実力がないから当然のごとく敗北する」という結果が導かれるのが彼女たちの教え込まれた価値観に合致しているから(実力がないのに逆転勝ちする物語展開は身体が受け付けない)、というので良いのではないかと思うんだが、それだとダメなのか
@oyomot: 「こういう理屈はどうだ」という思いつきを披露するまでは、面白いアイディアなんじゃないですかね、という話になるとは思うんだが、その先は発展させられない、という程度の一般的な良識が働かないのは何なんだろうなあ
@oyomot: 戦車道の人が死なないうんぬん。いや普通に建造物を破壊できるだけの砲撃や衝撃が描写されてるじゃん、何をこじつけようと、それは「ちょっと思いついた二次創作」のレベルを超えないし、そこからさらに考察するのは屋上屋を重ねるだけだろうになあ、と
@oyomot: RT先まで遡って読んだ感想としては、やっぱ根本的に「深読みしようがないものを無理して深読みしようとしてる」にしかならんなあ、と
@oyomot: そーゆー意味では純然たる観念上の産物というか歪んだ夢の具現化みたいな「GATE」って性質悪いんだなあ、とは。まあ、アレでプロパガンダになるとは毛頭思ってないが、あのノリが世間で受けてるのを見て現場で作業する頭悪い自衛官が勘違いを助長させてくとしたらロクなもんじゃない
@oyomot: なお、こんだけ現実の土地と結びついて今さらフィクションだから政治と関係ない、などと言い出すのは不可能なので。自分らが「ガルパンファン」という形で政治的な実体を持ったという認識はしときたい
@oyomot: ガルパンは大洗という土着性と強く結びついたことで、逆に観念上の戦争とか現実の自衛隊とかから距離を置く余地が生じうる(自衛隊にコラボしてもらわなくても地域の人たちと協力してやってく政治的な位置づけを持った)と思ってるので、大洗とギクシャクしかねない過剰な悪ノリは歓迎したくない
@oyomot: 逆に、「ボコが好き」に対する過剰解釈って見かけないなあ、とも。たぶんTVシリーズではビジュアル先行で内容はなかったと思うが