回数と日付

『ロマンシング・サガ』で時間を刻むのは戦闘回数で、RPGの時間経過のうちイベントをこなしてストーリー進行してくのをWIZやUltima以来のRPGの本道からすれば邪道なりと主張するならばRPGに残されるのは戦闘回数の刻みしかない。例えばロマサガ3での会社経営イベントでの時間経過がメインのゲーム世界の時間経過と全くリンクしていないことへの戸惑いや不満を思い出してみれば、この戦闘回数カウントによって成立していた「リアル」な時間経過、ロマサガ世界のそれぞれの登場人物たちがPCのイベントクリアの都合と関係なく彼らの時を刻んでいたこと、への思い入れは僕も含めロマサガを記憶している人にとってそれなりに大切なことだったはずであるし、また戦闘というRPGの根幹に根ざすものによってしかゲーム世界に同時性という概念を持ち込むことができずゲーム世界全体を律する時間をもたらすことが出来なかったことを会社経営イベントは反証してもいたのである。海外のゲーム学だかの解釈の話を聴くに時間経過のない空間という発想でゲーム世界を語っているということだし、RPGの戦闘回数が攻略要素を排除したギャルゲーのマップ画面でヒロインを選択する回数と同じであるてのはおそらく正しい。
さて、マップ画面での選択が存在しない(ついでに言えばPC版『 To Heart 』の校舎階数表示=簡易マップ的な選択肢でもない)ノベルゲームにおいて、回数が積み重ねとならない、つまりこの場合で言えば時間経過を意味しないことは指摘した。1000th summer は1000年の長きにわたる積み重ねではないし、もちろん人形に蓄積された力が1000年蓄積されたかどうかすら定かでない。SUMMER編の平安絵巻がAIR編の現代と繋がっている保証は存在しない。なんせ学園エヴァ扱いされて丁度いい程度のお話で、エロゲー論壇代表に言わせれば人形遣いの伝承を伝える母親は宗教団体に嵌ってるのと同じ扱いである。少女の夢は平安をあっさり通り過ぎて1000どころか1000万年の単位で遡る。こうなってはプレイヤーレベルで繋がっていると自主判断するしかない。
念のためにゲームシステム上の選択肢の積み重ねが回数として積み重ねられないことを確認しておこう。まずPCとヒロインの間(ゲーム世界と呼んでもいいが)において選択肢は存在していない。選んだ直後に選んだ事実はそれまでの行動の積み重ねと同化し、他の行動と区別するのは無意味となる。実際にシステムレベルでの選択肢の回数を確認するにはメタな視点を獲得しなければならない。次にプレイヤーレベルにおいて、まず、プレイヤーが一切のやり直しをせず一つのシナリオを読みきっていく場合、選択肢の選択回数はマップ画面での選択とほぼ同じ意味を持ち、それは積み重ねとしてカウントすることが可能である。次にリセットなり何なりの形で選択をやり直した場合を考えた場合、ゲーム開始からの総トータルの選択肢の選択回数はゲーム世界の時間の積み重ねを意味しないがプレイヤーとヒロインの間の積み重ねとイコールである。やり直した箇所からのカウントはプレイヤーとヒロインとの間の積み重ねがリセットされている。このように、少なくとも選択肢の選択の面で時間を刻むことは出来ない。ゲームの難度が実質的に下がれば下がるほど選択肢は回数と近付いていくが、それでもその回数の積み重ねはプレイヤーに蓄積されPCには蓄積されない。(なお、これと照応するのはマップ画面のキャラクターアイコンとなる。マップの縮尺と不釣合いなサイズ、あるいは顔だけ登場といった形でのマップ画面でのキャラクターを示す記号の進出は、プレイヤーの視点をPCのそれから引き剥がし、ヒロインとの積み重ねがPCにのみ蓄積されプレイヤーに蓄積されないことになる。例えば「彼女とは主に商店街で出会うだろう」といった「彼女についての情報」はPCには逢瀬の積み重ねとして獲得されるだろうが、プレイヤーからすれば彼女の居場所は最初から自明であるため積み重ねとしては獲得されない。そして「彼女の居場所」は立ち絵と背景を組み合わせたノベルゲームの画面において、ほぼそのまま彼女の物語〜ナラティブ〜と等しい。)
ではノベルゲームにおいて時間を作り出すのはやはり日付なのだろうかと問うなら、それは正しい回答ではない。既に指摘されているようにノベルゲームにおいてシナリオ進行の都合で日付はあっさりと飛ばされる。暫定的、擬似的な等間隔の日付表示はヒロインと男性主人公との関係が近付くのと連動した、距離感と接続した刻み、つまり空間的なものだ。ノベルゲームにおいて時間に相当するのは分岐の並列性である。マップ画面選択形式におけるマップでのヒロイン選択回数がクロノスであり、シナリオ分岐によってそれぞれの分岐先で起きる出来事がカイロスであると考えてもらえばいい。5人のヒロインが横並びで並んでおり彼女らのシナリオを選択肢が地の文章に埋め込まれた分岐ノベルの形式で追いかけていくならば、個別シナリオが展開されるのは各ヒロインを座標の中心軸とした時間平面である。この言い方の場合は主人公が異なる過去を思い出すといった言い方は妥当ではなくなるが。