大泉実成「萌えの研究」講談社

研究ていう名前だけど、帯には体験ルポってなってて、実際はエッセイ。
「消えたマンガ家」の人が軽いタッチで書いてるオタク入門書、みたいな。昨年の12月に出てるんですね。気づかなかった。
個人的に名著。てゆか、ええと、他人とは思えなかった。
本文中なんの脈絡もなく2chのスレから「おまえは俺か?」の書き込みを引用してるけど、まさに自分が書いてるんじゃないかと思った。
まず1章でライトノベルにアタック、講談社だからってことかいきなり「空の境界」を編集者に手渡されて文章の下手さに文句をつける。

脳が体に「この本を放り出せ」と命令しようとする。抗いがたい衝撃が体を走る。

それを仕事だからと我慢してるうちに順応していき、いつの間にやら「これも作家と絵師の才能であろう」とか「天才・奈須きのこ」とかいう言葉が出てくる。「月姫」を探して秋葉原で人に尋ねまくり、プレミアのついた「月姫」を取材費で買う。で、きっちりハマる。

しかし、ストーリーが進むにつれ、
「まあこの人の癖だろう。しょうがねえなあ」
と許しはじめている自分こと大泉に気づいたのでありました。

こういうノリでカルチャーショックを受けながらそれを乗り越えていく描写が延々続く。わかる。わかりすぎるくらいわかる。いいのかこの幼女に手を出して、いいのかこの先まで進んで。なまじっか批判的に距離を置こうとか頭で考えながら手を進めていくから却って引き返せなくなっていくんだよな。
2章はライトノベル、そして萌えの源流を辿ってTRPGの体験取材。実際に参加してリプレイまで書いてくれているあたり、江川紹子より余程に良心的。しかも説明のバランスが取れてる上に非常に面白い。オタクな文化を全く知らないサラリーマンな編集者が仕事の話術をプレイに投入し、それを上手く受け止めてくれる熟練のGM。現実の縮図であることを手際よく楽しむ態度がさらりと流しながら書かれていて、TRPGを知らない人に紹介してプレイに誘うにはうってつけの文章だと思った。
で、3章が美少女ゲーム編。
他人事とは思えないモード炸裂。『To Heart』『雫』『痕』『White Album』『ONE』『Kanon』『AIR』まで一気にやるていう荒行に突入し、マルチの自己犠牲とはとか、幼なじみは強いなとか、幼い子の笑顔は大人の女性のそれと違って安心できるとか、父親が不在とか、家族への回帰とか、そーゆー話題を一通り軽くこなしつつ、きっちりハマっていく。

そして不思議なことに、Keyの音楽を聴きながら夢の中でのあゆの物語を見ていると、不思議とあゆがかわいく見えてくるのだ。こんなの洗脳だー、と抵抗するのだが、音楽はむちゃくちゃクルし、クリックとクリックの合間に、自分の子供の頃の記憶や、さまざまな想いが吹き上げてきてとめどなくなる。
そうなんだよ。子供はいつも引き算にさらされてるんだよな。……

このへんの「俺は今だまされようとしてる」と思いながら抵抗できない、てのは誰もが通る道だとは思うんだけど、活字になってるのは初めて見た。

脈絡のないさまざまな想いがクリックとクリックの合間によみがえってくる。次のクリックさえしなければ物語は進まないから、自分の中にある想いを隅々まで堪能できるのだ。これはノベルゲームに特有の時間だと思う。

最大何分間クリックの手を休めたことがありますか? 俺は5分や10分じゃきかないと思います。エロシーンじゃなく。
さておき、大泉氏、鍵ゲーに完全にハマる。

毎晩眠くなるまで美少女ゲーム『CLANNAD』の各ルートをさまよい続けては「なんて癒されるんだ」などというメモを記し、酔うと『鳥の詩』、『―影二つ―』などを口ずさんでる自分に気づく。秘かに『ONE』七瀬留美編のショートストーリーを書き始める。

はっと我に返ってみれば、他章の倍くらい原稿を書いてしまった。やばい。恐ろしいくらい、やばい。

そして最後のアニメ編にいたって「アニメ最萌えトーナメント2005」を分裂した人格二人の「対談形式」で紹介し始める。痛い自己ツッコミ。俺もやった。
しかしまあ、「イリヤの空」の無銭飲食列伝にやたら思い入れるわ、村上春樹と『イリヤ』なら『イリヤ』を無人島に持って行くといいきるし、序論で「萌えの定義」の話に『哲学探究』を持ち出して「考えるな、見よ。」だし、巻頭の言葉にいたっては「語りえぬ萌えについては、沈黙せねばならない。」である。いくらなんでも、どこぞの人たちと親和性が高すぎないかこのヒト。
えーと。無駄に引用しまくってしまった。
最後にひとつ。著者は『痕』〜『ONE』をやってるあたりで倦怠感を訴え始める。「ハーレム感覚に対する違和感」「美少女ゲームパンチドランカー状態」と称しているのだけど、これも僕には非常に馴染み深いというか、正直言ってエロゲーギャルゲーのプレイはそういう疲労との戦いに近いものだった。削除した昔の日記は何かにつけて「ギャルゲーやってると疲れる」「なんで娯楽でここまで疲労しないといけないんだ」という愚痴をこぼしているし、実際に会った人たちにもそういう話を振っていた。
で、こちらの著者は萌え取材でコスプレキャバクラに行ったとき、お店の女の子に相談するのだが、するとコンパニオンの彼女は「そのラインナップは文学的過ぎるから、ここはスカッと鬼畜系のゲームをやってみたらどうか」と提案してくれたのだという。しかも『夜勤病棟』シリーズがお勧めですよ、と具体的タイトルまで。
で、その結果、著者は元気を取り戻すのだけども。
まあ、言いたいことはわかるよね?
俺も、そういうアドバイスをしてくれる先達が欲しかったな、と。
できれば女の子で。
それが言いたかっただけなんですけど。
http://www.7andy.jp/books/detail?accd=31630790

萌えの研究

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